学校案内

高野山MAP

  • 1女人堂

    その昔、高野山には高野七口(こうやななくち)と呼ばれた七つの登り口があり、明治5年(1872年)に女人禁制が解かれるまで、各登り口に女性のための参籠所が設けられ、女人堂と呼ばれました。現在では不動坂口にあるこの女人堂だけが唯一残っています。

  • 2徳川家霊台

    寛永20年(1643年)三代将軍家光によって建立されました。内部は漆、金箔、壁画等で装飾され一重宝形造りの同じ建物が左右に並び、右が東照宮家康霊屋。左が秀忠霊屋で、いずれも高野聖(こうやひじり)たちによって建てられたと記録されています。

  • 3総本山 金剛峯寺

    金剛峯寺とは、弘法大師が金剛峯楼閣一切瑜伽瑜祇経の真意にもとづいて名付けられた高野山の総称ですが、現在は祖廟を信仰の中心として結成された高野山真言宗四千ケ寺、信徒壱千万の総本山の名称として全国に知られています。

  • 4六時の鐘

    伽藍の入口の高い石垣の上にある鐘は、父母の追善菩提を祈って福島正則により元和4年に建立。しかし寛永7年に焼失し、同12年に正則の子、正利によって再鋳されました。

  • 5根本大塔

    高野山開創後、真言密教の象徴として建立された大塔。再三にわたる落雷等で火災にあい消失。現在の大塔は、昭和12年に完成したものです。

  • 6壇上伽藍 蓮 池

    明和8年(1771年)、瑞相院 滋光という僧が、干ばつを憂い善女竜王像と仏舎利を寄進。そして池の中央に浮かぶ中島に社を祀ったところ、たちまちにして霊験があらわれたと言われています。太鼓橋は昭和40年3月、高野山開創1150年記念事業の一環として作られました。

  • 7御影堂

    宝形造りのこのお堂は、もと大師の持仏堂でしたが、後に真如親王直筆の大師御影を奉安し、御影堂と名付けられました。堂内の外陣には十大弟子の肖像が掲げられています。高野山で最重要の聖域であり、近年までは限られた方しか入ることは許されませんでした。

  • 8中門

    開創1200年記念事業として、天保14(1843)年に焼失した壇上伽藍の中門が172年ぶりに再建されました。東西25m、南北15m、高さ16mの中門は、鎌倉時代の建築様式をもとに設計、再建。高野山の新しいシンボルとして、町に彩りを添えます。

  • 9大師教会本部

    高野山真言宗の布教、御詠歌、宗教舞踊等を統括する総本部で、高野山の宗教活動の中心的建物です。大正4年(1915年)に開創1100年記念事業として建立されました。また、受戒堂において日常生活での信条とも言うべき菩薩十善戒を真っ暗なお堂の中で受ける事が出来ます。

  • 10霊宝館

    高野山に伝わる貴重な仏画・仏像などの文化遺産を保護管理し、一般にも公開する目的で、大正10年(1921年)に開設された博物館相当の施設です。建物は宇治平等院を模した大正建築で、登録指定文化財に指定されています。

  • 11苅萱堂

    石童丸の物語で知られるお堂で、出家した苅萱道心が庵を結んだところです。堂内には苅萱親子一代記の物語が描かれています。

  • 12汗かき地蔵

    中の橋を渡るとすぐの場所にある、この地蔵堂の中には、汗かき地蔵がお祀りされています。この汗かき地蔵は、世の中の人々の苦しみを、お地蔵様が身代わりになって一身に受けているので、いつも汗をかいていると伝えられています。

  • 13大門

    高野山の正門。開創当時は現在地より、やや下がった場所に鳥居が有りました。現在の建物は、宝永2年(1705年)に再建されたものです。両脇にある金剛力士像は江戸時代の仏師康意(阿形像)、運長(吽形像)の作によるものです。